第3章 自ら望むことを、なぜ重視するのか
やる気の量だけでなく、取り組む理由を見る
同じ練習に取り組んでいても、何を理由にしているかは、一人ひとり違います。面白いから続けたいのか、必要だと思っているのか、評価を失うのが怖いのか。外から見える動きだけでは、その違いを十分にはつかめません。
私が「自ら望む」ことを重視するのは、練習量を増やすためだけではありません。本人が取り組みの意味を持ち、必要なときに考え直し、次の行動を選べるようになってほしいからです。ここでの「望む」は、いつも気分が乗っていることとも、大人に助けられず一人でできることとも違います。
この章では、まず動機づけの考え方を確認します。そのあとで、スポーツに関する調査から何がわかり、何は言えないかを見ていきます。
楽しいから行うことと、価値を認めて行うこと
RyanとDeciは2000年の論文で、活動自体の面白さ等から行う内発的動機づけと、活動とは別の結果に結びつく外発的動機づけを区別しています。また、外発的なものの中にも、圧力で動く場合と、本人が意味や価値を受け止めて取り組む場合があると整理しています。R4:Ryan・Deci(2000)、pp.55–63
ここから私が確認したいのは、「やりたいから行う」と「言われたから行う」の二つだけで、子どもの取り組みを分けないことです。
たとえば、以下は説明のための仮想例です。同じ基礎練習でも、ボールを扱うこと自体が面白くて繰り返す子もいれば、試合で使いたいプレーにつながると思って取り組む子もいるでしょう。どちらも、自分の理由を持ち得ます。一方、失敗すると叱られるのが怖くて、同じ練習を続けている場合も考えられます。
この例は、見た目から子どもの動機を診断するためのものではありません。本人の中には複数の理由があり、その日の状況でも変わるかもしれません。私が大切にしたいのは、練習をしているという事実だけで理解したつもりにならず、本人にとっての意味を聞くことです。
すべての練習を、いつでも面白いものにできるとは思いません。ただ、面白さを感じにくい課題でも、何のために取り組むかを話し合う余地はあります。必要だからと伝えるだけで終えず、本人がどう受け止めたかまで確かめたいと思います。
自律性・有能感・関係性という手がかり
2020年のRyanとDeciの総説は、自己決定理論の手がかりとして、自分の行動を自分のものと感じる自律性、できる・伸びると感じる有能感、人とつながっていると感じる関係性を説明しています。また、自律性を支えることと、目標や規則、助言等の明確な枠組みを示すことを、両立するものとして扱っています。R5:Ryan・Deci(2020)、§1・§3.2.1
この総説は主に教育場面を扱うもので、日本の少年サッカーの指導法を、そのまま検証したものではありません。私は、三つの言葉を、子どもへの判定項目ではなく、大人の関わりを点検するための問いとして使いたいと考えます。以下は、そのための私の整理です。
自律性については、本人が考える余地を残しているか。 何でも自由に選ばせることだけを目指すのではなく、選べないことには理由を説明し、選べることはどこかを一緒に確かめます。大人と同じ答えを選んだかどうかだけで、本人の意思を判断しないようにします。
有能感については、次に何を試せばよいかが見えるか。 「もっと頑張れ」で終わらず、何ができたか、どこが難しかったかを話せるようにしたいと思います。まだできない点を伝えるときも、その子全体の評価に広げず、取り組める課題として扱いたいのです。
関係性については、結果が悪いときにも話せる相手がいるか。 活躍したときだけ近づき、失敗したときには遠ざかる関わりになっていないかを考えます。本人が言葉にしにくいことを、急いで言わせようとしないことも含めたいと思います。
これらの問いかけを、そのまま行えば特定の成果が出ると確認したわけではありません。私が本人の意思を大切にするために、関わり方を具体化した提案です。
サッカーの研究で調べられていること
Questedらの2013年の研究は、欧州5か国のユースサッカー選手を対象に、指導者から受ける自律性への支援、心理的欲求の充足、楽しさ、次のシーズンにやめたいという意向の関係を調べています。著者抄録では、これらを結ぶモデルがデータに適合したと報告されています。R6:Questedほか(2013)
ここで測っているのは、やめたいという意向です。実際にそのあと何人がやめたかや、特定の声かけをすると継続が増えるかを、この抄録の結果から断言することはできません。私は、本人が感じる指導環境と取り組み方の関係を考える、一つの材料として参照します。
サッカーの研究だからというだけで、日本のすべての年代やチームに、そのまま当てはまるとも限りません。この研究は、私の問いと関連するデータであって、作者の主張全体を証明するものではありません。
実際の継続・離脱を追った研究
Sarrazinらの2002年の研究は、フランスの13〜15歳の女子ハンドボール選手335人を対象に、質問紙調査のあと、21か月後の登録状況等から離脱を確認しています。のちに離脱した選手は、継続した選手より、当初の一部の内発的動機づけが低く、無動機が高いという違いが報告されました。R7:Sarrazinほか(2002)、Method・Results
これは実際の行動を追った研究ですが、競技も国も対象も限られています。観察研究であり、動機づけだけが離脱を引き起こしたと確定したものではありません。継続できない理由には、本人が望んでいるかとは別の事情もあります。
より新しいNielsenらの2024年の前向きコホート研究では、デンマークの複数競技の参加者について、動機づけ等と翌シーズンの継続を調べています。著者抄録では、内発的動機づけや活動の価値を認める調整、心理的欲求の充足等と、競技・クラブでの継続との関連が報告されています。R8:Nielsenほか(2024)
この研究は12〜20歳の複数競技を対象としており、幼児や日本の少年サッカーだけの結果ではありません。本稿での参照は著者抄録の範囲に留め、本文の詳細な解析や効果量は扱いません。
研究の条件が違うことを踏まえても、本人がどう受け止め、どんな理由で参加しているかを、育成の検討から外さない意味はあると私は考えます。一方で、これらは「自分から望めば必ず上達する」「やめたのは意欲が弱かったからだ」という結論を支えるものではありません。
続けることだけを、成功にしない
スポーツの継続は、研究で扱える一つの結果です。しかし、その子にとってよい選択だったかどうかを、継続したかどうかだけで決めることはできないと、私は考えます。
本人が別のことに関心を持つ場合も、生活の事情が変わる場合もあります。休むことや、競技の場所を替えることが必要な場合もあります。大人が望む継続へ導くために、子どもの意思を尊重するという言葉を使ってしまえば、出発点を見失います。
私は、やめたいと話したときに、それをすぐ結論にするのでも、否定するのでもなく、何が起きているかを聞ける関係を残したいと思います。続けるために変えられる条件があるのか、本人の関心が別に向いているのか。その話を、結果を先に決めずにできることも、大切にしたい環境です。
「最も重視する」は、私の判断である
ここまでの研究は、育成の要素をすべて比べ、何が一位かを決めたものではありません。私が「自ら望むことを最も重視したい」と述べるのは、育成を考える際に、本人を判断の中心から外したくないからです。
技術も、指導も、機会も必要です。その一つひとつを、本人の経験とつなぐことを大切にしたい。取り組む理由を聞き、理解できる説明をし、試したあとに振り返る。そのような関わりを積み重ねる方向へ、私は進みたいと思っています。
その問いを、幼少期の成功のあとに必要な関わりへつなげるのが第4章です。家庭やクラブで整えられる環境は、第6章で具体化します。