第2章 育成年代で大切にされてきたこと

一つを重視する前に、全体を見ておく

子ども自身が望んで取り組めることを、私は育成の中心に置きたいと考えています。その理由を述べる前に、育成にはほかにどのような要素があるかを整理しておきます。

技術があれば十分なのか。体力があればよいのか。意欲が強ければ、環境の違いは問題にならないのか。私は、どれか一つで成長を説明することはできないと考えます。本人がどれほど望んでも、練習する場所や機会がなければ、取り組み方は制限されます。よい環境があっても、何を学ぶかが本人に伝わらなければ、その時間を十分に生かせないかもしれません。

以下の五つは、私がこの論考のために用いる整理です。育成の要素を完全に網羅した分類でも、学術的に確定した優先順位でもありません。

観点この論考で確かめたいこと
技術ボールを扱う力を、どのような場面で使えるようにするか
判断・戦術理解何を見て、どのような意図でプレーを選ぶか
身体・生活成長の違い、健康、休養、生活をどう考慮するか
心理・対人関係失敗や競争、仲間との関係をどう経験するか
環境・機会誰が参加でき、何を試せ、どのような支えがあるか

技術は、何ができるかを広げる

止める、蹴る、運ぶ。そのような技術は、サッカーに関わる選択肢を広げます。できなかったことができるようになる喜びも、そこから生まれます。本人の意思を大切にするからといって、基本を教える必要がなくなるわけではありません。

私が考えたいのは、その練習が何につながるかを、本人が確かめられているかということです。決められた回数を終えることだけが目的になっていないか。試合で使えたことや、まだ難しかったことを、次の練習へ持ち帰れているか。技術の習得を、本人の経験につなぐところまで見たいと思います。

たとえば、これは実在の出来事を再現したものではなく、考えるための仮想例です。パスの練習で同じ回数を終えた二人でも、一人は試合で通したい場所を思い浮かべ、もう一人は終わる時刻だけを気にしているかもしれません。外から見える実施量が同じでも、本人が何を確かめているかは同じとは限りません。

もちろん、その一場面を見ただけで、どちらが将来伸びるかを決めることはできません。大人が気持ちを推測して選手を分類するためではなく、練習の目的を伝え直したり、本人の疑問を聞いたりする余地を考える例です。

判断する力と、教えること

サッカーには、相手や味方、場所、時間に応じてプレーを選ぶ場面があります。私は、技術を教えることと、本人が状況を見て考えることを、一緒に扱いたいと思っています。

JFAの大会ガイドラインは、育成年代の試合を、技術やサッカー理解を育て、局面を自分たちで解決する力につなぐ場として説明しています。また、試合とトレーニングの環境の双方を、育成の観点から整える考え方を示しています。R2:JFA「大会ガイドライン」

私は、この方針を「教えずに任せる」という意味では受け取りません。何を見るとよいか、どのような方法があるかを知らなければ、考える手がかりも不足します。必要な説明をしたうえで、本人が何を見て選んだのかを確かめる。その往復を大切にしたいのです。

うまくいかなかったプレーにも、意図があるかもしれません。反対に、結果はよかったとしても、本人がなぜうまくいったかをつかめていないことも考えられます。結果を知らせることに加えて、選んだ理由や見えていたものを話せる時間をつくる。これは、私が実践の方向として考えたいことです。

身体の成長と、競技の外にある生活

身体の発育や成熟を、気持ちの強さだけで動かすことはできません。いまの体格や速さを、その子の将来の力と同じものとして扱わない慎重さが必要だと、私は考えています。

IOCの2015年の合意声明は、若い選手の発達を身体・心理・社会等の複数の側面から捉え、個々の進み方や競技と生活の均衡を重視しています。早すぎる単一競技への専門化への懸念も述べていますが、競技や発達段階による違いと研究上の不足も認めています。R3:Bergeronほか(2015)

この文献を根拠に、すべての子どもに同じ種目数、練習時間、専門化の時期を指示することはしません。私がここで受け取りたいのは、競技の成績だけを切り離して育成を考えない、という視点です。

本人がもっと練習したいと言っても、安全や生活を確かめる責任が大人からなくなるわけではありません。休みたいという言葉を、努力から逃げているとすぐに解釈することも避けたいと思います。意欲を尊重することと、必要な休養や支援を確保することを、対立させないようにしたいのです。

身体の変化と周囲の評価、本人の取り組みをどう区別するかは、第4章で詳しく考えます。

心理面を、我慢する強さだけにしない

育成で心理面を考えるとき、私は、失敗に耐えることだけを求めたくありません。うまくいかなかった理由を話せること、必要なときに助けを求められること、仲間と考えられることも、大切な取り組み方に含めたいと思います。

負けて悔しい気持ちは、次へ向かうきっかけになることがあります。ただ、その悔しさを大人の望む形で表さないからといって、本気ではない、と決めつけることはできません。気持ちの表し方を、本人の内面を測る唯一の基準にしないようにしたいのです。

また、反則を繰り返さず、相手を尊重することも、心理面や態度の話と切り離せません。勝ちたいという願いを認めながら、守るべき基準を共有する。大人が基準を示すことと、子どもが考えることは、両立させるべきだと私は考えます。

ここまでは、育成で大切にしたい力についての私の整理です。動機づけの研究は、第3章で扱います。

環境は、意欲を発揮する前提にもなる

本人が自分から取り組めるかを考えるとき、練習に参加できる条件にも目を向けたいと思います。時間、場所、費用、移動、家庭の事情。そうした条件が違えば、できる取り組みも変わります。取り組みの量だけを見て、本人の意欲に差があると決めることはできません。

JFAの育成コンセプトが示す、子どもにとって何がよいかを判断の基準にする姿勢を、私は参加の機会にも向けたいと思います。R1:JFA「選手育成のコンセプト」

その基準に立つなら、目立つ選手が何をできるようになったかだけでなく、ほかの選手にはどのような機会があったかも考える必要があります。本人が試したいことを試せるか、失敗のあとも関われるか、説明を理解できるか。環境について確かめる項目は、結果の表だけには収まりません。

私は、大人の支えをなくして自立を求めることはしたくありません。本人が考えるためにも、使える道具や情報、困ったときに相談できる相手が必要になる場合があります。支えられることと、自分の意思を持つことを、矛盾するものとして扱わないようにしたいと思います。

土台に置きたい問い

技術、判断、身体、心理、環境は、互いに関わっています。本人の意欲だけですべての不足を埋められるわけではありません。反対に、必要なものを大人が揃えたつもりでも、その取り組みを本人がどう受け止めているかは、別に確かめる必要があります。

だから私は、何を練習させるか、どの結果を目指すかに加えて、本人がどのような理由でその時間に向き合っているかを問い続けたいのです。教える内容を減らすための問いではなく、教えることを本人の学びにつなぐための問いです。

明日の関わりを考えるなら、一つの練習について、本人は何を試そうとしているかを聞いてみることからでもよいと思います。答えが出なければ、目的をわかる言葉で伝え直す。答えが大人の予想と違えば、まずその理由を聞く。これは効果を保証する方法ではなく、私が採りたい対話の出発点です。

育成のさまざまな要素を大切にしたうえで、そこに参加する本人を中心に置く。そのために、「やる気がどれほどあるか」だけでなく、「何を理由に取り組んでいるか」を考える必要があります。次の章では、この違いを、動機づけの研究を手がかりに整理します。

参考文献・用語

ゲームを遊ぶ