第8章 なぜ、ゲームという方法を選んだのか

問いを、見守る体験にする

子ども自身が望んで取り組み、成長していける環境をつくりたい。言葉で伝えるだけでは届かないことも、別の形で考えるきっかけにできないか。その思いから作ったのが、「0-2は危険なスコア」です。

この章では、作品の仕組みを、私が考えてきた問いと結びつけて説明します。遊び方はゲーム紹介やガイドにまとめ、ここでは設計の意図を扱います。機能があることと、その意図が遊ぶ人に伝わったこと、その人の現実の行動が変わったことは、分けて扱います。

作品が提供するのは、ひとりの架空の選手の歩みを、選択と出来事を通じて見届ける体験です。その人生を自分が完全に支配するのではなく、選べるところで選び、その先に起きたことを受け取ります。この距離感を、私は大切にしたいと考えています。

「0-2」に込めた意味

タイトルに込めたのは、最後まであきらめない、という思いです。0-2から逆転することはある。だから、いまの結果だけで、その先まで決めつけたくない。私は、そう考えています。

これは、0-2が統計的に最も危険なスコアであると主張するものではありません。特定のスコアからの勝率を、この作品や論考で検証したわけではありません。タイトルは、作者が大切にしたい姿勢を表したものです。

また、あきらめないという言葉を、どんな状況でも続けなければならないという命令にはしたくありません。休むことや、道を変えることが必要なときもあります。子どもの安全や意思、健康より、作品の物語を優先することはできません。

私が見届けたいのは、同じ方法に固執することではなく、いまの結果を受け止めながら、その先にどのような選択があるかを考える姿です。

親の目線を持つ、見守る人の位置

本作は、個人の選手の人生に焦点を当てています。クラブの経営や補強を進めるのではなく、選手の年齢や状況を見て、節目の選択とそのあとを追います。試合でボールを連続操作する方式でもありません。

この位置を、私は、親の目線を持つ見守る人の視点として説明しています。本人の人生に関わりながら、すべてを代わりに決めることはできない。その関係を考える入口にしたいと思います。

ただし、画面の選択肢には、現実なら選手本人、保護者、指導者等がそれぞれ関わる事柄もまとめられています。ゲームでプレイヤーが選べることを、現実でも保護者が決めてよいことだと読み替えるのは適切ではありません。

視点の名前と、ゲーム上の操作権限の違いも、この作品の単純化の一つです。見守る体験を作ろうとしている一方、現実の関係を正確に再現しきれてはいません。

選択と、選んだあとに起きること

ゲームでは、進路や育成等の節目で選択が現れます。12歳・15歳・18歳前後の道の分かれ方も、その一部です。選んだことは、そのあとに関わりますが、能力や成長の特徴、周囲の状況、ゲーム内の抽選も影響します。

私は、この仕組みを、自分の選択を考えることと、結果を全部自分の手柄や責任にはしないことの、両方につなげたいと思います。よい結果なら正しい選択、悪い結果なら間違った選択と、あとから一つに決めるだけでは、見えなくなるものがあるからです。

しかし、ゲーム内の結果は、作者が作ったルールの中で起きています。結果が意外だったからといって、それが現実の育成についての発見であるとは限りません。作品の中で何を感じたかと、現実の子どもに何を当てはめられるかは、別に確かめる必要があります。

成長の変化を、見える形にする

本作では、能力の六角形、年ごとの成長の表示、総合力の推移等から、その選手の変化を見られます。終了時には、いくつかの年代を振り返ることもできます。

私は、現在の数値や順位だけでなく、以前から何が変わったかへ目を向ける入口にしたいと考えています。できたことを認めながら、いままでと同じ力だけでは進まない場面も、時間の中で受け取ってほしいと思います。

幼い時期の目立つ力が、成長とともに同じ優位を保たなくなる表現もあります。これは、現在の力と将来の歩みを分けて考えるためのゲーム上の表現です。早熟とされる現実の子どもが、必ずそのような曲線をたどるわけではありません。

また、現実の成長には、数値に置き換えられないものがあります。ゲームで見える情報が整理されている分だけ、現実でも同じようにすべてを把握できると錯覚しないようにしたいと思います。

思うようにならない人生も、終わりまで描く

作品には、出番がない時期、怪我、進路の見送り等の出来事があります。プロになる人生もあれば、そうならない人生もあります。終わりには、その歩みやエピローグを振り返れます。

私は、最高到達点だけで物語を読み終えてほしくないと思っています。望んだところへ届かなかったときにも、その前にどのような経験があったか、そのあとに何を選ぶかを見届けたいのです。

一方で、カードには到達点に応じたレアリティがあり、ゲームとして成果を集める楽しさもあります。この表現は、順位以外にも目を向けてほしいという意図と、緊張関係を持つ可能性があります。見える等級がある以上、意図を説明しただけで、誰もが同じ受け取り方をするとは考えません。

この違いも、今後、作品を見直す際の論点です。機能を作ったことだけで、作者の望む意味が伝わったと結論づけないようにしたいと思います。

次の世代に渡るもの

条件を満たした人生では、子への継承を選べます。技やアビリティ等を候補として選び、次の世代の人生を見守る仕組みです。すべての人生で使えるわけではなく、最大3世代という区切りがあります。

私は、ひとりの到達点だけで物語を閉じず、次へ渡るものへも目を向ける入口として、この仕組みを位置づけたいと思います。ただし、現実の親子関係や遺伝、教育の効果を再現するものではありません。選んだものがすべて同じように発揮されることも約束していません。

親が届かなかった夢を、子が代わりにかなえなければならない、と読んでほしいわけでもありません。次の世代には次の人生があります。継承という表現を、現実の子どもへ期待を引き渡す理由にはしたくありません。

お金や広告で、人生の結果を変えない

ゲームでは、広告や支援によって、選手の能力や人生の結果を有利にする仕組みにはしていません。支援者向けの表示があっても、見た目に関わるものです。Android版でも、広告の表示によって選手の能力や人生の結果を有利にすることはありません。

この方針は、目の前の結果について考える体験に、お金を払えば有利になるという別の理由を混ぜないための、作品上の約束として大切にしたいものです。ただし、その設計自体に教育効果があると確かめたわけではありません。

今後収益化の方法を見直す場合も、結果を変えないという約束と、利用者への説明を揃えていきたいと思います。

表現できていることと、まだ担えていないこと

この作品は、選び、見守り、振り返るための一つの場です。指導の正解を示す教材として、効果を検証したものではありません。現実の選手の能力測定や進路の予測にも使えません。

第5章で述べた、反則を正すか見逃すかという問題を、専用の選択と結果として体系的に扱う仕組みも、現行版にはありません。作者の主張のすべてがゲーム内で体験できるわけではないことは、明記しておきます。

それでも、口で伝えるだけでは届かないと感じた問いを、違う形で置いてみたいと思いました。遊んだ人が、自分ならどのように見守るかを考える時間を持てたなら、それを一つの受け取り方として、うれしく思います。意図がどのように届いたかは、決めつけずに確かめていきたいと思います。

参考文献・用語

ゲームを遊ぶ